東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)116号 判決
請求の原因一ないし三の事実は、当事者間に争いがない。
そこで、審決にこれを取り消すべき違法の点が存するかどうかについて判断する。
審決は、前示のとおり、「溶液中のリポ蛋白質に結合して存在するトリグリセリド及び/又は蛋白質不含の中性脂肪をリパーゼを用いて分解し、かつ、分解生成物として得られるグリセリンを酵素的に測定するトリグリセリドの検出法」が本出願前公知のものであると認定し、その根拠として、本願明細書の発明の詳細な説明の欄にその旨の記載があることを挙げている。しかしながら、成立について争いのない甲第二号証の二、第三、第四号証によれば、本願明細書には、審決指摘のようなトリグリセリドの検出法が、完成されたものとして、本出願前公知であつたとするような記載はなんら存在せず、ただ、その二頁五行目ないし三頁六行目に、被告の指摘するとおり、従前慣用されていたトリグリセリドの検出法及びそのケン化工程の問題点を説明したうえ、三頁六行目ないし四頁一四行目に、審決指摘のようなトリグリセリドの検出法が、リポプロテイド・リパーゼ、膵臓からのリパーゼ、植物もしくは糸状菌から得られる一連の体外リパーゼを第一工程としての脂肪分解工程に用いて実験されたが、対象物質の一部はグリセリンの段階まで分解されるものの全体としては不完全なものであつて、トリグリセリドの定量的検出を実施できるように定量的にグリセリンの段階まで分解するものではなく、分解に多量の酵素を用い、かつ、長い誘導時間をかければ完全な分解がなされることがあるものの、この場合には、多量の酵素を用いた等のため試薬により溶液が混濁して、測定段階における光学的測定が実施できなくなることなどのため、これらの実験はいずれも失敗に帰した旨が記載(以下「失敗例の記載」という。)され、この記載を承けて、四頁一五行目ないし五頁三行目に、「ところで意外にもBulletin de la soci<省略>t<省略> de Chimie Bioligique四八巻(一九六六年)第六号七四七~七七〇頁――引用例をいう――において記載されているR・aリパーゼは、リポ蛋白質に結合せるトリグリセリドを乳び脂粒中に含まれているトリグリセリドとともに、極めて高い変換率で定量的に遊離脂肪酸とグリセリンに分解することができ、その際後続の紫外光中での光学的NADHの測定が損なわれることもないことが判明した。」と記載されているものである。
ところで、被告は、本願明細書中の失敗例の記載は、その前の部分の記載と併せ読めば、最終的にトリグリセリドの定量的検出という目的を達成することはできなかつたものの、ともかく審決指摘のような検出法が本出願前公知のものとして種々試みられていたことを示すものとして理解できる旨主張するけれども、失敗例の記載に続くR・aリパーゼの性質の発見に関する記載は、明細書の記載として、本願発明の発明者が発見したものとしてしか読みとれないことと併せ考えれば、失敗例の記載は、原告主張のように、原告が社内的に非公開で行つてきた実験に基づく記載とも十分な根拠をもつて理解できるところであり、原告の右主張を排斥するに足る証拠はなんら存しないから、本願明細書中の失敗例の記載をもつて、審決指摘のような検出法が、目的を達し得なかつた未完成のものとしてであつても、本出願前公知であつたことの証左とすることはできない。
そして、他に、完成したものと未完成のものたるとを問わず、審決指摘のような検出法が本出願前公知であつたことを認めるに足りる証拠は、審決も挙示していないし、本訴においても存しない。
してみれば、公知技術に関する審決の認定は誤つており、かかる公知技術の存在を前提に本願発明をこれと対比して、その相違点は引用例に基づいて容易に想到できるとした審決は、当事者双方のその余の主張について判断するまでもなく、その立論の根拠を欠いた違法なものとして、取消しを免れない。
以上のとおりであるから、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容する。
〔編註〕 本願発明に関する事項は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和四五年一二月二九日、名称を「トリ、ジ及びモノグリセリドの定量的検出法」――その後「トリグリセリドの定量的検出法」と補正した――とする発明(以下「本願発明」という。)について、一九七〇年(昭和四五年)一月二日にドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和四五年特許願第一三〇七八八号)をしたところ、昭和五二年五月二七日拒絶査定があつたので、同年一〇月三日、これに対して審判を請求したが、特許庁昭和五二年審判第一二八一八号事件として審理された結果、昭和五五年一二月一五日、本件審判の請求は成り立たないとの審決があり、その謄本は、出訴のための附加期間を三か月と定めたうえ、昭和五六年一月一四日、原告に送達された。
二 本願発明の要旨
溶液、殊に体液中のリポ蛋白質に結合して存在するトリグリセリド及び/又は蛋白質不含の中性脂肪を全酵素的かつ定量的に検出するに当たり、リポ蛋白質及び蛋白質不含の中性脂肪をリゾプス・アリヒズスから得られるリパーゼを用いて分解し、かつ、分解生成物として得られるグリセリンを自体公知の方法で酵素的に測定することを特徴とするトリグリセリドの定量的検出法。